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宮崎地方裁判所延岡支部 平成9年(ワ)60号 判決

原告

X

右訴訟代理人弁護士

佐々木龍彦

被告

Y地区農業協同組合

右代表者理事

A

右訴訟代理人弁護士

殿所哲

近藤日出夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原、被告間において、原告の被告に対する平成八年三月八日付け消費貸借契約に基づく元金二〇五九万円の支払債務の存在しないことを確認する。

2  被告は、原告に対し、金一八〇一万八八七六円及び内金三〇五万五二〇九円に対する平成八年三月三一日から、内金一四九六万三六六七円に対する平成九年三月七日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

被告は、平成六年四月一日、甲町農業協同組合、乙町農業協同組合及び丙町農業協同組合(以下「乙旧組合」などとという。また、右三農業協同組合を「旧三組合」ということもある。)が合併(以下「本件合併」という。)して設立された農業協同組合である。原告は、本件合併前は乙旧組合の参事であり、右合併後は被告の金融共済部長や生活資材部長を歴任した。

2  (本件合併時の合意)

甲旧組合、乙旧組合及び丙旧組合は、本件合併に際し、次のとおりの合意をした。

(一) 甲旧組合、乙旧組合及び丙旧組合は、平成六年三月三一日現在の財産目録、貸借対照表を作成し、本件合併期日において甲旧組合、乙旧組合及び丙旧組合の有する資産及び負債その他の事業に関する一切の権利義務を被告に引き継ぐ(合併予備契約書第三条)。

(二) 本件合併後において引継資産・負債及び資本に故意又は重大な過失による瑕疵脱漏があったため、被告が損害を被ったときは、その責任の生じた甲旧組合、乙旧組合及び丙旧組合の解散当時の役員は、各々個人の資格において連帯して賠償の責任を負うものとする(同第一〇条)。

(三) 甲旧組合、乙旧組合及び丙旧組合が本件合併時に欠損金を有するときは、当該旧組合の責任において整理するものとする(同第一三条)。

3  (引継資産の瑕疵に関する紛争と原告による補填)

(一) 本件合併後の平成七年一〇月ころから、乙旧組合の農畜産物処理加工場(以下「本件加工場」という。)の会計に関し、架空の売掛金計上及び棚卸資産の水増しが問題となった、そこで、被告は、乙旧組合の本件合併時の組合長B(以下「B」という。)や役員及び原告に対し、右2(二)記載の損害を被告が被ったとして賠償を請求した。

(二) しかし、原告は、本件加工場の会計処理に関与しておらず、少なくとも平成七年一一月まで架空の売掛金計上及び棚卸資産の水増しが行われていることを知らなかった。原告は、本件加工場が赤字(平成五年度まで約五〇〇〇万円)を抱えていることは平成五年の段階で知っていたが、宮崎県農業協同組合中央会(以下「中央会」という。)から本件加工場運営の実質的責任者である係長C(以下「C係長」という。)への指導で本件合併までには解消されると考えており、乙旧組合の合併決算書作成にあたっては、むしろ被告の税負担軽減のため、負債科目の数字を実態よりも高額にする作業を担当していた。

原告は、被告の右(一)の賠償請求に対し、仮に本件加工場の売掛金計上及び棚卸資産の水増しが存在したとしても、本件合併時における乙旧組合には全体として欠損(債務超過)は生じていないから、被告は右2(二)記載の損害を被ってはいないと反論した(詳細は後記4)。

(三) 被告は、原告に対し、右(一)の賠償請求と並行して、平成八年一月一八日、本件加工場の事業を被告から分離すること及び分離してくれれば融資をしてもよいこと(以下「一月一八日提案」という。)を伝えた。原告は、本件加工場を被告から分離し、新たに設立した法人によってこれを運営することができるのならば、被告から請求されている右(一)の賠償金相当額を被告から借り入れて直ちに被告に賠償金として支払い、被告に対する借入金は本件加工場の運営によって生じる利益から返済することができるとの考えに至り、一月一八日提案に応じることにした。

(四) 原告は、同月三一日当時、架空売掛金の補填については自分にも何らかの法的責任があると錯覚していたため、被告に三〇五万五二〇九円(原告らで合計一五二二万〇八三六円)を支払った。

(五) 原告は、平成八年三月八日、補填をしないと本件加工場の事業を新たに設立する有限会社サンライズ(以下「サンライズ」という。)に移行することができないと言われ、被告から二〇五九万円を借り入れ、同日全額を賠償金として被告に弁済した。しかし、サンライズは同年四月一日に設立されたが、被告が本件加工場の分離を実行しなかったので、操業には至らなかった。

4  (原告による支払いに法律上の原因がないこと)

(一) 前記2(二)の条項(以下「第一〇条の規定」という。)は、甲旧組合、乙旧組合及び丙旧組合の合意であり、旧三組合の役員は合意の当事者ではない。したがって、旧三組合の役員が被告に対して損害賠償義務を負担する根拠は、右規定ではなく、農業協同組合法(以下「農協法」という。)中の役員の賠償責任に関する規定ということになる。被告は、旧三組合の役員との関係では、第三者に該当するから、農協法三三条三項が根拠規定となり、「その職務を行うにつき悪意又は重過失がある」ことが要件となる。

(二) 原告は、本件合併当時、乙旧組合の参事であったが、参事は農協法所定の役員ではない(農協法三〇条一項)から、役員についての農協法三三条三項は適用されない。

(三) 仮に原告にも農協法三三条三項が準用されるとしても、要件である悪意も重過失もない。その事情は、前記3(二)のとおりである。

(四) 加えて、被告は、乙旧組合から引き継いだ資産の瑕疵によって何らの損害も被っていない。平成六年三月三一日の前後で乙旧組合の実財産には変動はなく、右瑕疵は数字の上だけのものであった。具体的には、平成六年三月三一日時点での乙旧組合の合併貸借対照表(合計残高資産表)では、資産残高が七八億五四一六万九七一六円、負債残高が七四億八八二一万〇三〇六円で、純資産が三億六五九五万九四一〇円となり、被告が損害と指摘する後記二の6記載の九九五四万四五八一円を上回っている。

右合併貸借対照表中、

(1) 負債項目の賞与引当金(一〇〇六万〇三六八円)及び債権償却特別勘定(一三五三万九九六三円)は、平成六年二月二八日時点の合計残高資産表には計上されていないことからして、利益の圧縮を目的としていることは明らかである。

(2) 負債項目の納税引当金(二一〇四万一九四八円)も実際には納税されていないはずで、利益の圧縮を目的としていることは明らかである。

(3) 資本勘定には剰余金が八〇五一万五七六四円も計上されている。

これらの勘定(合計一億二五一五万八〇四三円の貸方勘定)を中心に、借方勘定の虚偽計上である右九九五四万四五八一円を修正すれば、乙旧組合の本件合併時における正確な合併貸借対照表が作成可能であり、金額を対照すれば明らかであるが、被告は損失を被ってはいない。

(五) 右(一)ないし(四)からして、原告が被告に対して、前記3(一)記載の賠償責任を負担しないことは明らかである。

また、原告は、平成八年一月三一日、被告との間で、前記3(一)記載の賠償責任を負担するとの合意をしたこともない。

5  (原告の借入金支払債務の不存在と被告の不当利得)

(一) 原告は、被告に対し、前記3(一)記載の賠償義務を負担していないので、平成九年三月四日、被告に対する前記3(五)記載の弁済金の不当利得返還請求権を自働債権、被告に対する二〇五九万円の借入金支払債務を受働債権とし、対当額で相殺するとの意思表示をした。

(二) さらに、原告は、前記3(四)記載の三〇五万五二〇九円についても支払義務がないのにあると錯覚していたのだから、被告に対し、不当利得返還請求権を有する。

(三) 被告は、平成九年三月一四日、原告に対する借入金支払債権二〇八三万九一三五円(弁済期である同月七日における元本及び利息の合計)を自働債権、被告に対する原告の定期貯金返還請求権二口一四九六万三六六七円及び連帯保証人の定期貯金返還請求権一口五七一万二七八七円(いずれも元利合計)を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をした。しかし、右自働債権は右(一)記載のとおり存在しないのだから、被告は一四九六万三六六七円を法律上の原因なしに利得し、原告は同額の損失を被った。

6  よって、原告は、被告との間で二〇五九万円の借入金支払債務が存在しないことの確認(請求の趣旨1)及び不当利得金の返還と遅延損害金の支払い(同2)を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。

3  同3中、(一)、(四)中の「原告が被告に対し、平成八年一月三一日、三〇五万五二〇九円を支払ったこと」、(五)中の「原告が、平成八年三月八日、被告から二〇五九万円を借り入れ、同日全額を賠償金として被告に弁済したこと」「サンライズが設立されたが操業には至らなかった」ことは認め、(三)の第二文は不知で、その余は否認する。

4  同4は争う。

5  同5中、(一)のうち「平成九年三月四日に原告が相殺の意思表示をした」こと、(三)の第一文は認め、その余は否認する。

6  (反論)

(一) 被告は、平成七年一月三一日に平成六年度の決算をした。その結果、本件加工場の決算(売掛金)について虚偽内容が判明し、同年一〇月には棚卸資産にも虚偽内容が判明した。そこで、被告は、中央会に監査を依頼した。中央会は、同年一〇月二四日から一一月七日までの間、本件加工場を監査し、さらに、同年一二月には本件加工場その他一か所の実地棚卸しや本件加工場職員からの聞取り調査を実施した。その結果、

(1) 棚卸しの水増し相当額

五五五四万四〇七五円

(2) 使用不可資材

四二二万六九七九円

(3) 長期在庫の製品・原料・仕掛品

二四五五万二六九一円

(4) 回収不能未収金(架空売掛金)

一五二二万〇八三六円の合計九九五四万四五八一円の虚偽決算(欠損)が判明し、被告は同額の損害を被った。第一〇条の規定における「損害」とは、本件合併のための決算書に架空資産が記載されたため、被告は架空資産相当額の実財産を引き継ぐことができなかったというものであり、乙旧組合が本件合併時に黒字であったかどうかは右損害の有無に影響を与えない。乙旧組合の役員は、第一〇条の規定、農協法三三条二項又は同条三項に基づき、右損害を被告に賠償する責任を負担している。

(二) 原告は乙旧組合の参事であり、農業協同組合法所定の役員ではないが、乙旧組合を代理する権限や本件加工場の決算処理の決裁権限を有し、同組合に対し、委任契約上の善管注意義務(民法六四四条)を負担していた。しかし、原告は、この義務に違反して、本件合併の財務確認基準日である平成五年一月三一日から財産を被告に引き継ぐ基準日である同六年三月三一日までの間、本件加工場の虚偽決算(現実には赤字が発生していたのに、黒字決算を報告させた。)をC係長に対し度々指示していた。

原告が賠償責任を負担する根拠は、

(1) 乙旧組合に対する原告の右善管注意義務違反に基づく賠償責任を被告が本件合併によって承継したこと

(2) 被告との間で、平成八年一月三一日、乙旧組合役員及び原告の被告に対する損害賠償債務に関する和解契約ないし和解に準ずる返済約束がなされたこと

のいずれかである。

(三) そこで、被告は、第一〇条の規定に基き、乙旧組合役員及び原告や本件加工場の実務担当者に対し、(一)記載の九九五四万四五八一円の補填を求めることにした。被告と乙旧組合役員及び原告や本件加工場の実務担当者は、協議の結果、

(1) (一)(2)及び(3)は被告が処理し、

(2) (一)(1)及び(4)の合計七〇七六万四九一一円は乙旧組合役員及び原告や本件加工場の実務担当者が被告に支払う(うち(4)は平成八年一月末までに支払う。)

ことにした。

(四) 右(三)(2)のうち架空売掛金一五二二万〇八三六円は、平成八年一月三一日、支払われた。そのうちの原告負担分が、請求原因3(四)の三〇五万五二〇九円である。

(五) 右(三)(2)のうち棚卸しの水増し相当額五五五四万四〇七五円については、平成八年二月ころ、原告が被告に対し、乙旧組合の役員間の内部分担を記載した書面を被告に提出し、原告は二〇五九万円を負担するとされていた。原告は、請求原因3(五)記載のとおり、右金額を被告から借り入れて、即日、賠償金として被告に支払った。

(六) サンライズは、乙地域の若手農業従事者グループが設立した会社であり、被告に対し、本件加工場の借受け依頼をしてきたが、被告は、サンライズの経営見通しなどを検討した結果、本件加工場を貸与しなかった。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実については当事者間に争いがない。

二  請求原因3ないし5について(被告の反論(前記第二、二、6)も踏まえて論じることとする。)

1  請求原因3(一)、同3(四)中、原告が被告に対し、平成八年一月三一日、三〇五万五二〇九円を支払ったこと、同3(五)中、原告が、平成八年三月八日、被告から二〇五九万円を借り入れ、同日全額を賠償金として被告に弁済したこと、サンライズが設立されたが操業には至らなかったこと、同5(一)中、原告が、平成九年三月四日、被告に対して主張する二〇五九万円の不当利得返還請求権を自働債権、被告に対する二〇五九万円の借入金支払債務を受働債権とし、対当額で相殺するとの意思表示をしたこと、同五(三)中、被告が平成九年三月一四日、原告に対する借入金支払請求権二〇八三万九一三五円(弁済期である同月七日における元本及び利息の合計)を自働債権、被告に対する原告の定期貯金返還請求権二口一四九六万三六六七円及び連帯保証人の定期貯金返還請求権一口五七一万二七八七円(いずれも元利合計)を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  当事者間に争いのない事実と後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四〇年四月、乙旧組合に就職し、生産販売係長、生産資材課長等の職を歴任した後、平成元年四月から参事に就任した。平成六年四月一日被告成立後は、被告金融共済部長に、平成七年四月からは生活資材部長にそれぞれ就任したが、平成八年二月二八日、本件加工場における後記の不正経理発覚を発端として依願退職するに至った。(甲一三、原告本人)

(二)  農協法上、参事は、理事会の決議によって選任ないし解任される任意的な業務執行機関とされているが(同法四一条一項、同条二項)、実際上は、実務の最高責任者という立場に立つものであった。乙旧組合においても、参事は役付職員とされ(職制規程第二条)、基本的任務として、「組合長から委任された組合全般の業務を執行する責任を負い、この為部下を指揮し、各部門活動を調整し、組合の方針に合致するよう業務を行う。」ものとされ(同第一三条一項)、また、責任事項及び権限として、「組合日常業務の全般を処理するため、職務権限表に定める職務を遂行する責任があり、その遂行に必要な権限を持つ。」ものとされており(同条二項)、これを受けて、経営基本方針の設定の立案(平成五年一〇月ころから検証に変更)、種々の業務に関する決定ないし検証、参事を除く職員の任命及び賞罰に関する立案、予算の統制の決定、内部監査の実施の検証、決算諸表の作成の検証などの広範な職務が定められていたほか、「重要な諸関係」(同条三項)の一つとして、「課長、支所長に対しては、その職務遂行を常時指揮監督し、各課および支所が密接に協調協力するようにする。」旨の定めも存していた。(甲八の7、一三、乙一三の2、証人L)

(三)  本件加工場は、農畜産物に付加価値を加え、生産者の所得を向上させることや地域住民に雇用の場を与えることを目的として、乙旧組合の特別会計事業として、平成元年四月一日に設立された。本件加工場の工場長はD(以下「D工場長」という。)、係長はCであり、平成四年からはEが次長として加わった。本件加工場の収支状況は、平成元年度が二三三一万一三五二円の赤字、平成二年度が六七四万三〇〇〇円の赤字、平成三年度が一七二万円の赤字と報告されるなど芳しくなく、このため、平成二年ころから中央会による経営指導を受けたり、本件加工場に関する運営委員会を設置して改善策を協議したりするようになった。その後、平成四年度は三〇九万五〇〇〇円の黒字、平成五年度は収支〇円と報告されていた。(甲一三、乙二五、二九、証人C)。

(四)  平成五年五月ころ、本件加工場において、加工原料である大量の栗が実炭疽病によって腐敗するという事態が生じ、その後の調査で被害額が約四一〇〇万円余りに上ることが明らかとなった。このため、右の事態に責任を負うべき立場にあった原告、D工場長及びC係長らは、同年六月一八日ないし一九日付の始末書を乙旧組合長宛にそれぞれ提出するなどした。同年八月二六日には、乙旧組合内に農畜産物処理加工場検討委員会が発足して右問題に対する検討が始められた。(甲一三、乙一四の1ないし4、乙二九)

(五)  ところで、規制緩和等の時流に伴い、農業協同組合においても、自己責任原則に基づく経営体制の整備や財務基盤の強化などが求められ始め、財政状態が良好でなかった宮崎県西臼杵郡内の農業協同組合である旧三組合においてもこれが緊急の課題とされるようになった。そこで、平成四年ころから、旧三組合の合併に向けて研究会や委員会等が設置され、平成五年四月からは、旧三組合の組合長、役員及び参事(乙旧組合からは組合長のB、非常勤理事のF及び参事の原告が出席していた。)で構成される甲地区JA組織整備委員会において本格的な合併手続が進められるようになった。乙旧組合における平成五年一〇月一九日開催の理事会において、合併予備契約書のことが議題に上り、全理事の賛同でこれが承認されたことなどを受けて、同年一一月一五日、旧組合間において、合併予備契約が締結される運びとなり、旧三組合の各代表理事組合長等は、同日、合併予備契約書に調印するに至った。右契約書の中には、合併期日は平成六年四月一日とすること(第二条)、被合併組合は、同年三月三一日現在の財産目録、貸借対照表を作成し、合併期日において被合併組合の有する資産及び負債その他の事業に関する一切の権利義務を新組合に引き継ぐこと(第三条)、被合併組合が保有している不動産は簿価で新組合に引き継ぐこと(第八条)、合併後において引継資産・負債及び資本に故意または重大な過失による瑕疵脱漏があったため、新組合が損害を蒙ったときは、その責任の生じた被合併組合の解散当時の役員は、各々個人の資格において連帯して賠償の責任を負うこと(第一〇条)などの規定が存在していた。また、本件合併における合併条件を設定等するためには、旧三組合の財務内容を確定させる必要が存したことから、右確定の基準日(財務確認基準日)が平成五年一月三一日と決められた。これを受けて、中央会及びその監督官庁である宮崎県(以下「県」という。)は、同年七月一二日から同月一六日にかけて右財務確認を実施し、同月二六日付けで財務確認調書を作成した。平成六年四月一日、所期のとおり旧三組合が合併して被告が新設された。同年六月二九日には旧三組合の財務及び業務に関する引継ぎが完了し、旧三組合の代表理事であった者や被告代表理事らが業務引継書に捺印した。右業務引継書には、旧三組合が所持していた現物や書証等の引継ぎがなされたことが別紙で示されていたほか、懸案事項の一つとして本件加工場のことが挙げられており(「農産加工場」と不動文字で記載されていた。)、その右側に、未収金については系統的であり、安全性については問題ないと報告された旨手書きで付記がされていた。右の付記は、原告が同様の報告をしたことを踏まえたものであった。また、同書面には、「なお、合併契約書第一〇条により、引継資産・負債及び資本に故意又は重大な過失による瑕疵脱漏があったため、新組合が損害を蒙ったときは、引渡をした組合の解散当時の役員は、各々個人の資格において連帯して賠償の責任に任ずるものとする損害は、合併後二年以内に発生したものについてその責任を負うものとする。」旨の記載もされていた。(乙一、二、二二の1ないし4、二四、二六、二八、二九)

(六)  平成六年八月に実施された被告による監事監査(毎年二月と八月に実施されている定例の監査)のころから、本件加工場の棚卸額が高すぎるのではないかとの指摘が出されるようになり、平成七年八月に実施された監事監査において、本件加工場の棚卸調書と貸借対照表との間に不突合が存していることが発覚するに至った。このため、被告の企画管理部長であったGは、本件加工場の棚卸調書を作成したC係長に対し、事実関係の再調査及び再報告の指示を何度か行ったが、同人から十分な報告はなされず、その原因等は明らかにならなかった。このため、同年一〇月一六日、本件加工場に対する内部監査を新たに実施して棚卸計算書の金額確認と資産表上の未収金の回収状況等に関する調査を行ったところ、平成六年度の棚卸計算書より高額な単価で資産が計上されていることなどが明らかとなった。そこで、被告は、更に詳細な調査を行うべく、農協法七三条の一一の二第六項の規定により、中央会に対して本件加工場の調査を依頼したところ、中央会は、同法七三条の九第二号に基づいて、同年一〇月二四日から同年一一月七日にかけて、被告の監査及び本件加工場の会計帳簿の調査を、更に、同年一二月一日から同月一九日(同月一日、同月一一日から同月一三日、同月一九日)にかけて、本件加工場の棚卸資産(本件加工場等の実地棚卸、棚卸原価確認、長期在庫の確認)及び未収金(不良未収金の確認)の調査(質問、証憑突合、確認、書類閲覧等)を実施した。かかる調査の結果、平成五年一月三一日から平成六年一月三一日までの間に、左記のような合計九九五四万四五八一円に上る不正処理がなされていたことが明らかとなった。なお、後日、本件加工場のコンピューターの情報が消去されていたことや、本件合併後においても不正経理がなされていたことも明らかになった。

(1) 棚卸の水増し相当額

五五五四万四〇七五円

(2) 使用不可資材

四二二万六九七九円

(3) 長期在庫の製品・原料・仕掛品

二四五五万二六九一円

(4) 回収不能未収金(架空売掛金)

一五二二万〇八三六円

原告は、乙旧組合の管理職ら(H、I、J、K)とともに、平成七年一一月二〇日ころ、同年四月から被告の参事に就任していたL(以下「L参事」という。)に呼び出され、本件加工場において、不正経理のあったことを聞き及んだ。原告は、同日夜、Bの許を訪れ、不正経理発覚の報告をし、その後数日間、乙旧組合の役員に対し、同様の報告をして回った。(甲一三、乙二六、二九、証人L)

(七)  中央会から前記の報告を受けた被告側は、その対応策につき中央会とも協議をした結果、右不正経理は合併以前の乙旧組合の問題であるから、同組合の関係者で全額補填してもらうという方針を固めた。

被告組合長のM(以下「M組合長」という。)は、同年一二月二五日、B(旧三組合の合併後、被告副組合長に就任したが、平成七年三月付けで退職していた。)、原告、C係長及び乙旧組合の理事全員を被告の乙支所に呼び出し、前記のような調査結果を示した上、乙旧組合の関係者において不正経理によって生じた前記損害を全額補填するよう要請した、なお、右協議の場には、L参事や中央会のN経営監査課長らも出席していた。これを受けて、Bは、乙旧組合の関係者で協議することを約した。

その後、Bらは、乙旧組合の役員等を集めて何度か協議をした。Bは、原告やC係長に対し、不正経理の経緯等につき事情聴取したが、お互いが相手に責任がある旨の主張に終始したため、責任者を特定することができなかった。協議は続けられたが、補填要請を受けた金額が大きく、全額を支払うことは到底困難であるとの声が大勢を占め、結局、被告に対し、損害補填額を一〇〇〇万円に減額してもらえないか要請しようとの結論に至った。

そこで、B、乙旧組合の役員ら、原告及びC係長は、平成八年一月一八日、被告本所に赴き、M組合長らに対し、右損害補填額を一〇〇〇万円まで減額してもらいたいと要請したが、同人はこれを強く拒絶したばかりか、回収不能未収金(架空売掛金)については同月末までに補填をするよう要請した。ただし、その一方で、被告側から、使用不可資材(四二二万六九七九円)及び長期在庫の製品・原料・仕掛品(二四五五万二六九一円)については被告内部において処理することを検討する旨の発言がなされるなどしたことから(結局、これらは、後日、被告内部で修正処理されることとなった。)、Bは、M組合長らに対し、悪質さの程度が高い回収不能未収金(架空売掛金)については同月末までに補填をすること、及び、棚卸しの水増し相当額の補填については乙旧組合の関係者でなお協議することを約して同日の協議を終えた。なお、右協議の場において、原告は、未収金や棚卸しの水増しの件については全く知らなかったが、当時の参事としての責任を感じるので依願退職し、原告の定年退職までの四年間の給与、賞与等の節減分約三七〇〇万円をもって補償の一部としてもらいたいなどとM組合長に話していた。また、そのころから、サンライズに関する計画(本件加工場を引き継いだ農業生産法人を設立、操業させて損害補填の埋め合せをしようというもの)が持ち上がってきた。

右を受けて開催された乙旧組合の関係者による協議の結果、回収不能未収金(架空売掛金)については、協議の中で、事務方の責任を問う声が強かったことから、理事はこれを負担しないということになり、原告が負担割合を積極的に提案するなどした結果、原告、C係長及び乙旧組合の代表監事であったO(C係長の義父で同人の身元保証人でもあった。)が各三〇五万五二〇九円(ただし、実際は、C係長がOの分も負担した。)、B外一名が三〇五万円五二〇九円ないし三〇〇万円をそれぞれ負担することに決まったことから、原告は、右金員をとりまとめた上、同月三一日、被告本所にこれを持参して、回収不能未収金の補填として合計一五二二万〇八三六円を被告の企画管理部長であるGに支払った。また、B及び原告は、中央会のN課長らから、責任を明確にし、早急な解決をしてもらうために念書を作成してもらいたいとの要請を受けて、同日、「平成六年四月一日のY地区農業協同組合発足に当たり、旧乙町農業協同組合において合併前の決算に瑕疵があり、このため新組合が損害を蒙ったことを認め、下記のこと(前記(六)(1)ないし(4)記載の不正処理が存在したこと)を確認いたします。また、損害金の弁済については、責任をもって、早急に合併当時の役員・関係者のとりまとめを行い弁済することを確約いたします。なお、下記1の弁済額(九九五四万四五八一円)については、別途協議をお願いいたします。」との被告宛の念書(乙三)にそれぞれ署名捺印をした(原告は、右念書について、N課長らから、「これに署名してくれれば、あなた達の力になるから。」と言われるままに、また、「下記1の弁済額については、別途協議をお願いいたします。」との文言が入っているので、この書面によって具体的な支払義務が発生するのではないからと強く説得されて、署名捺印したにすぎないというが、右念書の記載内容や、別途協議の文言は、使用不可資材及び長期在庫について、被告内部で処理することを検討することを念頭に置いたものであることから(証人L)、採用できない。)。

その後、乙旧組合の関係者において、棚卸しの水増し相当額の補填方について協議が数回持たれた。その際、乙旧組合役員は、全員協議に出席することを原則とされ、仮に出席できない場合は、委任状を提出する扱いとされた。右補填額が大きかったことや役員の中には責任の有無につき疑問を呈する者がいたことなどから右協議は難航したが、被告側から同年三月末までの補填を求める強い意向が示される中、それまでに支払えば、遅延損害金を免除するとの提示がなされたり、サンライズ計画案が原告から示され、借入れをして損害を補填しても、その事業収益で返済できると説得されたりしたという事情も手伝って、最終的には乙旧組合の関係者間において被告から要請された全額を補填する旨の合意が整った。ただし、右支払いのためには金員を借り入れる必要があったため、平成八年二月一七日の乙旧組合関係者内部での協議に基づき、北部信用組合から一八五三万円ずつ合計三口の借入れをしようとしたものの、同組合側の決裁がおりなかったことから、改めて、同月二八日の協議により、Bが二〇〇〇万円、原告が二〇五九万円、(C係長が連帯保証人となった。)、理事一五名が五名ずつ三口に分けて各五〇〇万円ずつ合計一五〇〇万円を被告からそれぞれ借り入れることに決まった。原告は、その過程で、自らの分に加え、ほとんどの役員の金員借入手続の準備をしたり、被告側に懇願して借入金利を引き下げてもらったりした。また、原告は、乙旧組合の関係者に対し、右借入金の分担割合につき具体的な提案をしていたほか(結局、原告の提案した負担割合で金員を借り入れて被告に補填することに決定した。)、被告の窓口であるL参事に対し、上記の合意に従った内容が記載された原告作成にかかる「(割合)」と題する書面(乙四)を示して、「このような方法で処理をして補填したいと考えている。」などと述べていた。B、原告及びC係長らは、同年二月二八日から同年三月七日にかけて、被告から、原告分二〇五九万円を含む総額五五五九万円(内四万六〇〇〇円は印紙代)を、返済期限平成九年三月七日の約定で借り入れる旨の申込みをし、翌八日、貸付けが実行されて合計五五五四万四〇七五円が損害の補填として被告に支払われた。原告は、右借入れの際、原告が被告に預け入れていた定期預金二口合計一四九〇万円及びC係長が被告に預け入れていた定期預金一口五六九万円(合計二〇五九万円)をそれぞれ担保として差し入れた。(甲六、七、一三、乙三、六の1、2、二四ないし二六、二八、証人L、同B、同C係長)

(八)  原告は、平成九年一月ころ、C係長に対し、「参事として責任はあるので、今、未収金の三〇〇万円と棚卸しの水増し一五〇〇万円の一八〇〇万円を負担しているが、八〇〇万円は負担する。一〇〇〇万円は返してもらいたい。」などと申し向けていた。また、被告に対する返済期限が迫ってきた同年二月ころから、原告ら乙旧組合関係者は内部的にその返済方法につき協議を始め、C係長が、従前の出捐に加えて新たに二〇〇万円を負担することが決定するなどしたが、原告は、中途から右協議には出席しなくなった。被告からの借入れについては、原告から、返済期限(平成九年三月七日)までに返済がなされなかったことから、被告は、同月一四日、相殺通知と題する書面(二通)によって、原告及びC係長に対し、前記貸金及び利息の返還請求権合計二〇八三万九一三五円(元金二〇五九万円、利息二四万九一三五円)を自働債権として、原告の被告に対する貯金等返還請求権合計一四九六万三六六七円及びC係長に対する同請求権合計五七一万二七八七円の合計金二〇六七万六四五四円を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をし、右書面は原告及びC係長に到達した。(乙七の1、2、二五、二六、証人L)。

(九)  C係長は、本件加工場の収支につき厳しく原告から指導されることを避けることなどを動機の一つとして、平成三年ころから、棚卸しの水増しなどの不正経理を始めるようになり、その後もかかる不正経理を継続して行っていた。原告が、これまで、C係長に対し、積極的に不正経理をするよう指示したことは特段なかった。(証人C、原告本人)

3  以上の認定事実を前提として、原告らの被告に対する前記金員支払いに関する法律上の原因の存否につき検討する。

(一)  本件合併により各被合併組合は解散して被告が設立され(合併予備契約書第一条)、各被合併組合の有する資産及び負債その他の事業に関する一切の権利義務は被告に引き継がれることになるから(同第三条)、被合併組合の出資組合員は、自分が加入している被合併組合以外の組合の資産等の状況が自分の組合に比べて悪かった場合、合併によって自分の持分権の価値が低下する結果になる。したがって、他組合の資産等の状況は、出資組合員の利害関係に多大な影響を及ぼすものといえる。ちなみに、農協法二三条も、「出資組合の組合員は、脱退したときは、定款の定めるところにより、その持分の全部又は一部の払戻を請求することができる。」(一項)、「前項の持分は、脱退した事業年度の終における当該出資組合の財産によってこれを定める。」(二項)と規定しており、組合脱退の際における出資組合員の持分払戻請求権が、組合の資産等の状況と密接に関連していることを示している。また、合併を予定している組合の資産等の状況いかんによっては、右のような各被合併組合間の不均衡を是正すべく、合併交付金の交付等の合併条件を設定する必要が生じることもある(証人P)。そして、合併前の財務確認に際しては棚卸資産の実査や売掛金の存否等の確認はされず、旧三組合の内部で施行された監事監査によって棚卸資産の実査等の結果を前提として財務確認を行うという手続になっていたことや(乙二九)、不動産に限定されてはいるものの、前記合併予備契約書第八条が、保有不動産の評価を簿価で行う旨規定していることなどの事情に照らせば、ある被合併組合が他の被合併組合の財務内容を判断するに当たっては、他の組合の提出した財務諸表を信頼せざるをえない状況にあったということができる。したがって、被合併組合の提出する財務諸表は正確であることが強く要請されていたもの、すなわち、組合の資産状況の実体を忠実に反映したものにする要請が強かったものというべきである。かかる点を踏まえて、合併前、旧三組合において、財務確認基準日を設定した上、県や中央会の財務確認を実施するなどし、合併後も、各被合併組合において業務引継書を作成するなどの厳格な財務確認手続きがとられていたものと解されるのである。

(二)  そして、右のとおり、合併に際しては、財務諸表の正確性に対する要請には強いものがあったというべきであることに加え、本件の不正経理が、前記のような乙旧組合の従業員であったC係長の故意によってなされたという悪質性の強いものであったこと、甲旧組合の資産等の状況は他の各組合に比べて良好であったにもかかわらず、合併前、合併交付金を出捐するような財務調整措置はとられていなかったこと(証人B)、合併後に業務引継書を作成した際、懸案事項の一つとして本件加工場が挙げられていたが、未収金については安全性に問題がない旨付記されていたことなど、乙旧組合関係者が本件の不正経理に関する補填をなす必要があることを基礎づける相当の事情が存していたというべきである。

さらに、実質的に見ても、被告に対する本件不正経理の補填として金員を出捐した当時、C係長はもちろん、原告及び乙旧組合の役員らも、その責任の具体的根拠はともかくとして、いずれも前記不正経理につき被告から何らかの責任を追及されてもやむを得ない立場にあったというべきである。

すなわち、原告は、前記のとおり、乙旧組合の参事として広範な権限と責任を負っており、本件加工場の経営全般についても指導監督などをなすべき立場に立っていた上、本件加工場は設立当初からその運営に少なからず問題を抱えていたのであるから、本件加工場の経営状態等の把握にできる限り務めるとともに、その経営改善策についても立ち入った検討等をする必要があったというべきである。しかるに、実際は、C係長に対し赤字は出すななどといった表面的な指導を繰り返していただけで(証人C)、本件加工場の経営について十分な指導監督をしてはいなかったばかりか(例えば、乙一五の1、2によれば、平成五年二月一日から同年八月三一日までの本件加工場の損益は、五六一七万九二九五円の赤字と報告されていたのに、同年九月二〇日の乙旧組合の理事会において、原告は、平成五年度末の当期損益が〇円となる見込みである旨報告したにすぎなかったところ、本件加工場における前年度(平成四年度)の当期損益が僅か三〇九万円余り(黒字)に過ぎなかったことに加えて、同年五月には前記のように大量の栗の腐敗による多額の損害が発生してこれが問題化し、同年八月末には前記のとおり農畜産物処理加工場検討委員会も発足させてその問題処理につき検討が加えられており、さらに、同年九月ころに作成された監査報告書(乙一五の3)においても、本件加工場における五〇〇〇万円を超える赤字の計上について憂慮の念が示されていたのであるから、原告としては、その当時、農協果汁からの加工受託料が伸びていたという事情があったとはいえ、本件加工場の経理等について相当立ち入った検討をすべきであったといえるところ、本件全証拠をもってしてもかかる検討をした形跡は窺われない。)、平成五年一二月三一日現在の本件加工場における損益は二〇三四万四八二七円の赤字である旨報告されていたのに(乙一九の2)、決算日(平成六年一月三一日)が差し迫った平成五年一二月ころに至って、C係長に対し、適切な方法など特段教示することもないまま赤字を減らすよう漫然指示を行っていたほか(証人C、同P。なお、これに反する原告本人の供述等は採用しない。)、平成五年一二月三一日現在の本件加工場の前記の収支状況が前記のようなものであったのに、平成六年二月七日開催の乙旧組合の理事会において、同年一月末の本件加工場の収支計画は〇円となる見込みである旨報告していたにすぎなかった。なお、原告は、本件加工場に対する中央会の指導を信頼していたこと、原告より四歳年長のD工場長から業務報告が十分なされなかったこと、参事としての業務が繁忙であったことなどを本件加工場に対する指導監督を十分なしえなかった事情として挙げているが(甲一三、原告本人)、前記のとおり、参事は広範な権限と責任を負うものであって、かかる事情によって参事の責任が免除ないし軽減されると解することは到底できないものといわなければならない。

また、乙旧組合の役員らにおいても、本件加工場において、栗の大量腐敗という問題が存していたことは十分に分かっていたのに、その財務状況につき、理事会などで十分検討をした形跡は窺われない。

以上によれば、原告も乙旧役員らも、その職責を十分に果たしていたとは到底いいがたい状況にあったものであって、本件の不正経理につき被告から何らかの責任を追及されてもやむを得ない立場にあったといえるし、原告ら乙旧組合関係者も、かかる責任が自己にあることを十分認識していたものというべきである。以上に反する原告本人の供述は採用できない。(甲一三、乙一五の1、2、一六の1、2、一七の1、2、一九の1、2、二〇の1、二一の1、2、二六、証人B、原告本人)。

(三) 以上のとおり、本件不正経理に関する補填の必要性が強かったことや、原告ら乙旧組合関係者の立場等が右のようなものであったことに加え、前記2で認定したような乙旧組合関係者らと被告との損害補填交渉の経過、期間及び回数、右交渉の際の原告らの言動、並びに、右補填後の原告及び乙旧組合関係者らにおける内部的な負担割合の調整協議の内容なども併せ考慮すれば(加えて、Bの証言によれば、本件の不正経理が被告内部でこれ以上問題化すれば、乙旧組合の関係者の中で被告の役員等に就任した者の立場が悪くなるので、早期に被告に対する金員支払いを終了してこの問題を解決したいとの要望が乙旧組合関係者、特に役員であった者の間に存していたことが認められるところ、原告も、参事という立場上、かかる声に抗することが難しかったと推認される。)、原告を含む乙旧組合関係者と被告との間において、前記棚卸水増し及び回収不能未収金に相当する金員を被告に出指することによって両者の間の紛争を終結させるとの合意(和解契約)が最終的には成立し、これに基づいて原告らから被告に対して前記金員が支払われたものと認めるのが相当である。

この点、和解の対象となる紛争や互譲が存在していない旨主張するが、前記認定のとおり、乙旧組合関係者と被告との間には、棚卸水増し相当額、使用不可資材、長期在庫の製品等及び回収不能未収金の合計九九五四万円余りの補填につき紛争が生じたものの、その後、うち七〇七六万円余りを支払うことで合意が成立するに至ったものであり、よって、両者の間には紛争が発生するとともに互譲も存したといえるから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、被告の主張する和解は、被告の損害の発生が前提となっているが、本件においては、前提たる損害の発生がないので、原告には錯誤があり、和解は無効である旨主張するが、念書(乙三)によれば、被告が本件不正経理により損害を蒙ったことが確認されており、損害が発生したことも和解契約の対象事項となっていたものと認められるから、原告の右主張も失当である。

さらに、原告は、前記(第二、一、3(三)ないし(五))のような主張もするところ、確かに、証拠(甲四、五、一三)によれば、C係長らを取締役とするサンライズが資本金四〇〇万円で平成八年四月一日に設立されたこと、本件加工場を被告から分離してサンライズにこれを引き継いでその収益から被告に対する借入金債務を弁済していこうという計画が立案され、原告も、被告に損害補填しても、サンライズの事業収益でこれをカバーできると考え、乙旧組合の他の役員らをその旨説得していたこと、被告側からもこれに沿う発言が一応なされていたことなどの事情が窺われる。しかしながら、他方、本件全証拠をもってしても、右当時、被告内部において本件加工場の分離に向けて具体的な論議がされていた形跡は見受けられず、かえって、その後の平成八年六月ころ、本件加工場の事業をサンライズに引き継がせないとの決議が被告理事会でなされており(甲一三)、被告側からの発言も具体性を持ったものとしてなされたものとは認めがたいほか(乙二四によれば、Bも、右の計画は確実な話とは考えていなかったことが認められる。)、平成八年二月ころC係長によって作成されたと認められる「農産物加工場再建計画(案)」と題するサンライズに関する計画案は、被告や町役場等の相当の協力が得られることを必須の条件としたものであり(甲四、弁論の全趣旨)、被告らが右の計画に容易に応じられるようなものであったのかについても疑問が残るところであり、さらに、右の計画を本件金員の出捐の条件とするような文書等は特段作成されていなかったこと、中央会は当初から右の計画に難色を示していたこと(甲一三)などの事情にも照らせば、当時、本件加工場の分離案は未だ抽象的な段階に止まっていたものと認めざるを得ず、よって、本件加工場分離案が実現することが前記和解契約の前提ないし条件となっていたということはできない。

したがって、乙旧組合関係者と被告との間において、本件の不正経理につき前記のような金員の出捐をする旨の和解契約が成立し、これに基づいて原告らは被告に対し前記金員を支払ったというべきであるから、結局、被告が原告らから前記金員を受領したことに法律上の原因がなかったということはできない。

4  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村田鋭治 裁判官末吉幹和 裁判官原啓章)

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